組織はどうすれば変わり続けられるのか——ゴールドマン・サックスの事例から考える二重ループ構造
MIT Sloanの記事で、ゴールドマン・サックスの人材戦略についてのインタビューを読みました。同社が長期にわたって組織のアジリティを維持している理由として、採用戦略、官僚制の低減、社内流動化といった施策が紹介されています。
非常に興味深い内容なのですが、読んでいて少し気になったのは、個々の施策そのものよりも、それらを支えている構造の方でした。
一見するとよくあるHR施策の紹介にも見えます。しかし、少し引いて読んでみると、組織が自律的に変化し続けるための仕組みが、かなり意図的に設計されているように見えました。本レターでは、この点について整理してみます。

情報の民主化という、見落とされがちな前提
記事の中で印象に残ったのは、社内を対象とした業績説明会の運営についての話でした。以前はマネージングディレクターとパートナーのみを対象にしていたが、その後より広い層の従業員にも開放した、というものです。端的には情報の民主化と言えます。
権限委譲の文脈で読むと、それほど珍しい話ではないかもしれません。ただ、この話は順序の問題として読むと少し違って見えてきます。
現場に権限を渡しても、戦略コンテクストが共有されていなければ、善意の判断がズレることは珍しくありません。むしろ現場が自律的であればあるほど、方向性の不一致は起きやすくなります。
ここで、戦略コンテクストとは、「会社が今どこに向かっていて、なぜその方向に進んでいるのか」という情報を意味します。業績の現状、経営が重視している優先課題、市場や競合の状況、そしてそれらを踏まえた経営レベルの意思決定の背景であり、現場での意思決定を導くものと言えるでしょう。
このように考えてみると、同社がやっていることは単なる権限委譲ではなく、権限委譲と同時に情報の非対称性を減らすことだったのではないかと思えます。
しかも、その手段は高度な情報システムではなく、「誰でも業績説明会に出ていい」という制度的な決定です。シンプルですが本質を突いているように感じました。
キャリアオーナーシップが土台にある
ただし、この施策が機能する前提として、もう一つ重要な要素があります。それは、従業員側にキャリアオーナーシップのマインドがあることです。
記事の中では、従業員が「オーナーのように行動すること」が文化として強調されていました。同社では、情報を開示し文脈を共有することと同時に、自律的に判断し責任を持つことを前提とした人材育成が行われているように見えます。
また、社内流動化を積極的に促している点も、この前提と無関係ではないでしょう。自分のキャリアを自分で選び取るというマインドがなければ、流動化は不安要因になりますが、キャリアオーナーシップが共有されていれば、それは成長機会として受け取られます。
情報の民主化は単独で存在しているのではなく、自律的なキャリア観と、オーナーシップ文化の上に成り立っている。そして、組織階層を減らす工夫を合わせることで、組織の官僚化を防いでいることも語られていました。
この施策を一歩引いて見てみると、実に巧妙に仕掛けられているように感じます。
権限移譲、情報の民主化(戦略コンテクストの共有)、キャリアオーナーシップ、組織階層のスリム化。これらが一体となることではじめて機能するのではないでしょうか。
逆にいえば、これらの要素を逐次的に単体で導入しても効果が薄そうです。
管理でなく仮説検証のためにサーベイを活用
もう一つ興味深かったのが、毎年実施している従業員サーベイの設問です。
サーベイの中で、「従業員は、物事を行うための新しい、より良い方法を考案する権限を与えられていると感じているか」という項目に注意を払っていることが紹介されていました。
一見すると、よくあるエンゲージメントサーベイの質問に見えます。実際、多くの企業でも似たような設問を見かけます。その一方で、先ほどの「情報の民主化」の施策と合わせて読むと、このサーベイの意味が少し違って見えてきます。
情報を民主化し、階層を減らし、社内流動化を進めたとします。では、その結果として、現場は本当に自律的に動けているのかどうか。
施策の狙いは明確であっても、それが本当に効果を発揮するかどうかは分かりません。特に、人事分野のように複雑な要素が絡み合う場合はなおさらです。
したがって、施策は実行される段階において、成功が確約されたものではなく、仮説に過ぎません。その仮説がワークしているか確かめるために、効果的にサーベイを活用していることがはっきりと示されています。
つまり、このサーベイは組織設計の仮説検証ツールとして機能していることになります。
ここまで読んで、私はひとつの構造が頭に浮かびました。
組織内の意思決定ループと、人事施策の検証ループ
ここまでの話を整理すると、二つのループが重なっているように見えます。
第一のループは、組織内の意思決定のループです。
戦略コンテクストが共有された現場が、自律的に判断し、行動し、結果を出す。事業部門のトップからすると非常に効率的な組織に見えることでしょう。
第二のループは、人事施策の検証ループです。
情報の民主化や流動化といった制度が、本当に自律性を高めているのかを測定し、施策にフィードバックする。これは、ピープルアナリティクスの効果が発揮される場面といえます。
この二つのループを意図的に回している点に、同社の特徴があるように思えました。

ディシジョンインテリジェンスの二重ループ
データの重要性が認知されている今日において、エンゲージメントサーベイを行うことは、企業の日常風景になっています。
しかし、その多くは組織開発やリテンション施策の文脈で活用されることが多い印象です。この記事のように、戦略的な組織設計の検証に使っているケースはそれほど多くありません。
ディシジョンインテリジェンスの文脈でいえば、現場の意思決定を回すループと、そのループ自体を評価して調整するループが重なっている状態です。いわば二重ループの構造です。
この構造を絵にかいて眺めながら、データドリブン人事の理想的な形ではないかと唸ることになりました。まさに、人的資本経営の理想的なモデルのように見えます。
★2026/3/25 Update
ここまでの話を発展させ、様々な組織タイプに適用できるフレームワークに仕立ててみました。以下のブログ記事もぜひご覧くださいませ。
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- なぜゴールドマン・サックスではこの構造が機能するのか
- 仕組みとして埋め込まれたダイナミック・ケイパビリティ
- 組織設計より先に、ビジネスモデルの問いがある
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